森山愛子のファンふやしたい

森山愛子のファンクラブ

森山愛子の歌謡劇場 王将

012
森山愛子の歌謡劇場  王将

演歌歌手を目指して上京した森山愛子は安アパートから電車に乗りかえて週に四日間、閑静な住宅街の中にある喫茶店でウエートレスのアルバイトをしながら生活費のたしにしなければならなかった。
大きな家がたくさんあって、そこには大企業の会長だとか、政治家なんかが住んでいた。蝉の鳴き声が沢山聞こえ、暑い日だったので木の沢山はえている木陰のベンチで公園の売店で買ったアイスキャンディーをなめていると、少し離れた向こう側のベンチで寝ている汚ない格好をした老人が森山愛子がアイスキャンディーをペロペロ舐めている姿をじっと見つめている。
キモい。森山愛子から二メートルも離れていない。変質者に違いない。
アイス、アイス、死ぬうううう。
老人は死んでしまったようだった。
こじきのおじいちゃん、死んじゃったの。愛子が爺の顔をのぞきこむと、またアイスくれぇ。
キモい。何でこんな、高級な住宅街にこじきが住んでいるのよ。まぁ、いいわ。この食いかけのアイスでも、この爺の口に突っ込んでおくか。
くるじい。じじいは呻いた。
あっち、あっち
売店の方を指差している。
なんて厚かましいじじいなの。
森山愛子はカバンの中にあった食いかけのたいやきをじじいの口の中に突っ込むと、そのばを離れた。
森山愛子が安アパートに戻ると、下宿のおばさんが顔を出した。
愛子ちゃん、福山雅治のサインを早く、頂戴な。
今度もらってくるから。
しかし、それは不可能な話しだった。
愛子はいろいろな番組にでる予定だと嘘に嘘を重ねていた。
愛子が見た芸能人といえばエスパー伊東だけだった。
福山雅治なんて、愛子にとって星の世界の住人だった。
愛子ちゃん、事務所の****さんがきているよ。
二階にあがると、事務所の****が座布団の上に座っている。
いい知らせだど。うちの社長の知り合いが西條八十先生を知っているんだ。
森山愛子はその名前を中学校の教科書でしか、知らなかった。

有名な作詞家の家へ事務所の人がつれて行くという。
あれぇ、あれぇ、愛子は驚いた。いつも通勤に使っている、電車に乗って、就いた場所はあの高級な住宅街だった。
そしてついた家は京都にあるような銀閣寺みたいな家だった。
中から和服を着た上品な婦人がいて、奥の部屋に通された。
障子が開き、
あれえええ、
出てきたのは、あの小汚いじじいだった。今は綺麗な着物を着て、髪もなでつけている。
そう言えば、音楽の教科書でその顔を見たことがある。
まあ、すわりなさい。
愛子はまだテレビに出たことはなく、下宿のおばさんに嘘をつき重ねていること、就職の相談会に母親といつしょにいったとき、担任に笑われたこと、パンの耳を食べていること、母親を喜ばせたいこと、
などを切々と訴えた。
この高名な詩人は黙って目を閉じた。
それもまた彼が若い頃に経験したことだったからだ。
老詩人は森山愛子を見つめた。
そして彼は微笑んだ。