森山愛子の歌謡劇場 柔 第三回
家の表札には桜井俊と書かれている。今回の都知事選に立候補して東京を影で操ろうとたくらむ悪魔のような男が住んでいた。影番の桜井翔はその息子である。
月の光の中で桜井翔は大木の前に立っていた。月の光は桜井翔の背後にあるので、この男の顔の表情もわからない。桜井翔は突然唸り声をあげると手をかまきりのようにかまえて大木の幹にちょうどかまきりが獲物を捕食するように横殴りに振ると大木はめりめりと音を立てて倒れた。
これが桜井翔の必殺技、必殺螳螂投げである。
柔道では相手をつかまえなければ勝負にならない、しかし、この螳螂投げは手をかまきりの鎌のように構えて、相手をつかまえずして投げる技だった。
ふふふふ、この必殺螳螂投げは天下無敵、もはや俺には敵がいない、もう俺はすべてのものを手にいれた。待てよ、小学生のくせにプロの演歌歌手になっていた女がいたな。
桜井翔は舌なめずりをした。
父ちゃんは柔道をしたことがあるか。カラテカの矢部は父親に聞いた。
つまらねえ、そんなことをしたって一銭にもなんねぇだろ。
柔道をしたいのか、お前、学校でいじめられて、そのために柔道をしたいのか。
母親が聞いてきた。
そんなことないよ。
そうだ、裏山にひとりこもって柔道をやっている人がいるそうだ。月謝もとらないそうだから、
その人に柔道を習えばいい。
母親の情報をもとに裏山をのぼっていくと、頭を抱え込んで団子虫のように小さくなって
いる男がいる。
どうしたんだ。
あれを、あれを、とってくれ。
これをとればいいのか。
カラテカの矢部は電柱に張ってある都知事選のポスターをはがした。それは電柱に違法に張ってあるものだった。
桜井俊、どこかで聞いたことのあるような名前だなぁ。
剥がしたか。
剥がしたよ。
おら、人をさがしてるだど。柔道の偉い先生で、名前が水森英夫・・・・・
あっ、校門にいた人。
森山愛子の歌謡劇場 柔 第ニ回
担任の横山マリ先生がそう言ったにもかかわらず、この小学校の校門には変な人が待っていた。カラテカの矢部は裏番五人組に見つからないように、ねずみのようにこっそりと
校門まで行ったのだが、変な人に声をかけられた。
君、柔道をやりたくないかい。
おら、暴力は嫌いだ。
じゃあ、君をいじめていた小学生でかまきりの構えをしていた子供の名前を教えてくれないか。
おら、なにもしらねえだ。
そう言うとカラテカの矢部は家に向かって走り出した。家に帰ると矢部にはジュースの空き缶をつぶすという仕事があった。
お前、学校でいじめられてねえか。そんなことねえよ。カラテカの矢部は小学校に行きたいと思ったことはなかったが、一つだけ楽しみがあった。
隣からこぶしをきかせた歌声が聞こえてきた。
隣の家には小学生ながらプロの演歌歌手としてデビューしている森山愛子ちゃんが住んでいる。小学校に行くと森山愛子ちゃんと話しができるからだった。
その森山愛子ちゃんも悩みがあるようだった。
日本武道館を貸し切りでコンサートを開きたいという思いだった。
しかし、それには金がいる。
そんなとき、教室に変なビラを持ってきた小学生がいた。
おい、おい、大変だ、大変だ。
柔道日本一大会が開くんだって、優勝者は日本武道館を一週間貸し切りにしてくれるんだって。
おら、柔道をやるぞ。カラテカ矢部はつぶやいた。
しかし、カラテカ矢部はにやりと桜井翔が悪魔のようなほほ笑みを浮かべていることを気づかなかった。